高齢の親がいるので、アラカンになっても、まだ娘です
こんにちは
今日の本はこちらです
浅田次郎 著 『母の待つ里』
<5 古賀夏生博士の場合>
高齢者社会になった
からこその娘の葛藤
アラカンならば、もう娘じゃない日も近い。後悔なきよう娘役全うしよう
<今日のことば>
古賀夏生はふと自分自身の老いを感じた。母に死なれたとたん、娘という安逸な立場が失われて、六十の齢(とし)の重みがのしかかってきた。
(5 古賀夏生博士の場合)
高齢化社会になりました
私の母も90代
時々、母と話していて思います
「私もおばあさんなんだけどなぁ」って
90代の体の痛み、確かにわかりません
しかし、アラカンもそれなりに痛いです(笑)
いつも我慢させられている
気分です😆
夏生さんは、医者です
母を見送ったとたん、急に、体力的にも社会的にも年齢を意識させられます
娘という立ち位置があると、子どものまんまでいてしまいます
みうらじゅんさんも『ラジオ ご歓談! 爆笑傑作選』の中でこう語っています
対談の相手は、いとうせいこうさんです
(いまだに赤ちゃん期が続いているのは)やっぱり二人とも両親健在ということが大きんじゃないかねぇ?(中略)だから、ずっと子どものままというかさ。
(ご歓談④)
人生の半分以上、『娘役』するとは思っていませんでした
宝塚なら、とっくに
引退してます😆
まあ幸せなことなんですけど
いずれ「もう娘じゃなかった」その瞬間がやってきます
私は、肩の荷をおろしてホッとするのでしょうか?
それとも娘じゃない喪失感に襲われるのでしょうか?
そう先のことでもなさそうです
娘役、全うしようと思います
さて、私にも娘がいます
もしも120歳まで生きたら、娘も100歳近い(笑)
一緒にホームで暮らしますか・・
それも楽しみ
その時は、きっとどちらも
老婆で括られるのよね😅
本について
40年ぶりに帰るふるさとで待っていたのは、初めて会う〈母〉だった――。大企業の社長として孤独を抱える松永徹。定年と同時に妻から離婚された室田精一。親を看取ったばかりのベテラン女医・古賀夏生。人生に疲れた三人が選んだのは「里帰り」だった。囲炉裏端に並ぶ手料理や不思議な昔話。母と過ごす時間が三人を少しずつ変えていく……すべての人に贈る感涙の物語。ふるさとを、あなたへ。
(新潮社公式サイトより)
親とは生きているうちに
仲良くしておこうと思う作品
高齢の親の心配するのは、
実の親子だからできること
って改めて考えさせられた
作品です
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